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芸術界きってのファッショニスタ!? 耽美・退廃文学の名手 オスカー・ワイルド

June 8, 2017

こんにちは、春になって洋服を新調したナホです。

芸術界きってのファッショニスタと言えば、19世紀に活躍した作家のオスカー・ワイルドです。

長髪にスーツ、マントにハットという格好でロンドンの社交界で有名になったワイルドですが、その美的感覚は彼の作る作品や私生活にも多大な影響を与えていたと言われているのです。

幼い頃からあらわれていた才能の片鱗

"It is only shallow people who do not judge by appearances.(外見で人を判断しないのは愚か者である)"

英語でこんな名言を遺したワイルドは、みずからのセンスに絶対的な自信をもっていました。医師の父と作家の母の間に生まれ、幼少期は豊かな生活を送っていたそうです。娘をほしがっていた母は、ワイルドに女の子用の洋服を着せることもあったのだとか。


素顔は意外と寂しがりや!? キュビズムを創始した世界的芸術家 パブロ・ピカソ

June 6, 2017

こんにちは、休日は美術館めぐりをするのが好きなナホです。

いろいろな芸術家の作品を鑑賞しますが、19世紀から20世紀にかけてグローバルに活躍したパブロ・ピカソの存在感は、やはり格別。その生い立ちから個性的な作風の裏に隠された思想まで、調べてみました。

個性的な作風の裏に隠された思想

ピカソと言えば『泣く女』や『ゲルニカ』などの作品で有名ですよね。こうした作品に代表されるような彼の表現は、20世紀初頭に自身が始めた「キュビズム(立体派)」という運動の一環だったと言われています。

同じものでも、見る角度やそのときの環境によって、まったく違った見え方をします。ピカソはそういった見え方のすべてを、1枚の絵に収めようとしたのです。だから耳がおかしな場所についていたり、顔が2つある人物が描かれていたりするのですね。


実は作家ではなく言語学者だった! 世界一有名な童話の作者・グリム兄弟

June 1, 2017

こんにちは、小さい頃は童話を読むのが好きだったナホです。

数ある童話の中でもグローバルに知られているものと言えば、やはりグリム童話ですよね。『白雪姫』や『ハーメルンの笛吹き男』などメルヘンなストーリーで有名ですが、作者のグリム兄弟は作家ではなく、言語学者だったのだとか。グリム童話編纂の裏側にある彼らの素顔に迫ってみました。

グリム童話はドイツ民族の結束のために作られた!?

グリム童話の作者として知られるグリム兄弟は、兄のヤーコプと弟のヴィルヘルムを指します。実は2人はドイツの大学教授であり、ドイツ語・ゲルマン語の研究者。ドイツ語の子音についての法則である「グリムの法則」や発音の学習に欠かせないウムラウト(アクセントのある母音が、後ろに続く母音の発音の影響で「e」 に近い発音になる現象)は、ヤーコプが作ったものだと言われています。

19世紀前半のドイツはナポレオン没後の混乱状態のさなかにあり、小国の分立によって国内ではいさかいが絶えませんでした。民族を1つにまとめる共通の要素と言えば、やはり言語です。ドイツに古くから伝わる伝説や神話を広めれば、国内がまとまるきっかけになるかもしれない。グリム童話編纂は、兄弟のこうした気持ちから始まったのです。


ダイナマイトの発明で築いた莫大な富 ノーベル賞の創設者 アルフレッド・ノーベル

May 30, 2017

こんにちは、英語をはじめとして、その他の言語も勉強中のナホです。

ノーベル賞の創設者として有名なアルフレッド・ノーベルは、5か国語を操るほど語学に堪能だったのだとか。ダイナマイトの発明でもグローバルに知られる彼の数々の業績と知られざる私生活について、調べてみました。

父の事業を手伝いながらも研究に没頭

スウェーデンの貧しい家に生まれたノーベルは、他の子どものようにしっかりと学校に通ってはいませんでした。しかし父が機械や爆発物の製造を仕事にしていたため、幼い頃から工学への興味は強かったと言います。

19世紀前半に父が事業で成功して少し裕福になったのをきっかけに、ノーベルは家庭教師から勉強を教わるようになります。このときに英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語などの語学を学び、化学の専門家庭教師もつくように。


生前に自叙伝を出版した偉人 ルネサンスの彫刻家・ミケランジェロ

May 26, 2017

こんにちは、休日は美術館めぐりをしているナホです。

アートの中でも迫力あるものと言えば彫刻ですが、15世紀の彫刻家であるミケランジェロは、中でもグローバルにその名を知られる存在です。若くして才能を発揮し、稀代の天才として讃えられた彼について、調べてみました。

師匠をもうならせた早熟の天才

ミケランジェロはルネサンス期の15世紀にイタリアに生まれました。父親が大理石採石場を経営していたことから小さい頃から石を加工する技術を見ながら育ちました。このときの経験から人物彫刻のコツをつかんだと、本人も著書の中で述べています。

ミケランジェロが10代になると、父は学問を学ばせようと彼を人文学者のもとに送ります。しかし本人は勉学にはまったく興味を示さず、絵画や彫刻の研究に没頭。まもなく画家ドメニコ・ギルランダイオに弟子入りし、14歳という異例のスピードで一人前の画家として認められます。


実は"フサフサ"の髪の毛だった!? キリスト教宣教師 フランシスコ・ザビエル

May 25, 2017

こんにちは、家の近くにある小さな教会がお気に入りのナホです。

日本にキリスト教を伝えた人物であるフランシスコ・ザビエルですが、彼がどんな経緯でキリスト教と出会い日本にやってきたのかは、知らない人も多いのではないでしょうか。

生涯を布教に捧げた彼の、知られざる素顔に迫ってみました。

ザビエルとキリスト教との出会い

ザビエルは1506年、スペインの貴族の家庭に生まれました。現在浸透している「ザビエル」という呼び名はイタリア語の「ザベリオ」から来たもので、母国語であるスペイン語の発音は「ハビエル」。彼が生まれたスペイン北部の地名から取ったものとされています。

ザビエルは5人兄弟の末っ子でしたが、6歳の頃には父親を亡くし、兄弟も早くに独立して家を出て行ったため、孤独な日々を送っていたのだそう。パリ大学に進学後は、持ち前の思慮深い性格から哲学の勉強に没頭し、そこで彼の運命を変える人物であるイグナチオ・デ・ロヨラに出会います。


日本に西洋医学を広めた名医 ドイツ人医師・シーボルト

April 13, 2017

こんにちは、最近花粉症がひどくて久しぶりに病院に行ったナホです。

日本の歴史上で有名な医者と言えば、19世紀に活躍したドイツ人医師・シーボルトですよね。遠く離れたドイツから、彼はなぜ日本にやってきたのでしょうか。その功績と生涯について、調べてみました。

シーボルトが遠く離れた日本にやってきた理由

シーボルトの本名は、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト。ドイツ語で「フォン」は貴族階級のみつけることを許されるもので、彼の一家は祖父、父ともに医師と、医学界の名家として知られていました。

ドイツ語では"Siebold"と書く名前は、実は現地の発音では「ズィーボルト」に近いのだそう。しかし日本では、ドイツ語の中でも「s」が濁らない南部の発音が採用され、「シーボルト」と呼ばれているのです。


空を自由に飛ぶ夢を追い続けた情熱 有人飛行機の発明家・ライト兄弟

April 11, 2017

こんにちは、海外旅行が大好きなナホです。

海外への交通手段としてもっともポピュラーなのは飛行機ですが、この飛行機を実用化したのが、ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトのライト兄弟です。彼らはなぜ飛行機を作ろうと思ったのか、そして彼らの発明にはどんな意義があったのか。その真相に迫ります。

ライト兄弟が発明した「有人飛行機」の意義

1903年12月17日、ノースカロライナ州のキティホークで空高く飛んだ、人類初の動力飛行機・ライトフライヤー1号。ウィルバーとオーヴィルがグローバルに知られる偉業を成し遂げたこの日は、「飛行機の日」として記念日にもなっています。

それまでの飛行機といえば熱気球によるもので、現在の飛行機のようにパイロットが操縦して継続的に飛行したりすることはできず、実用性はありませんでした。その点では、現在の飛行機の基礎となる発明をしたのは、この2人がはじめてだったということになります。


素顔はクールで勇敢な統計学者!? 白衣の天使 フローレンス・ナイチンゲール

April 6, 2017

こんにちは、最近病院に行って、看護師さんに手当てをしてもらったナホです。

世界的に有名な看護師と言えば、やはりナイチンゲール。敵味方関係なく看護にあたった"白衣の天使"というイメージが強い彼女の素顔と、意外な功績について調べてみました。

幼い頃から聡明で行動的だったナイチンゲール

ナイチンゲールの本名は、フローレンス・ナイチンゲール。イギリスの裕福な家庭に生まれ、幼い頃から母国語である英語はもちろん、フランス語、ギリシャ語、イタリア語、ラテン語などさまざまな言語を学び、習得していたと言います。

ナイチンゲールと言えば「クリミアの天使」の異名をもち、クリミア戦争に従軍したことで知られています。そのため生涯を通じて患者の側で献身的に看護をしていたのだと思われがちですが、実際は彼女がそのような形で看護にあたったのは、ほぼクリミア戦争時の2年間だけだったと言われています。


アポロ計画で人類初の月面着陸に成功! 冷静沈着な"宇宙飛行士の鑑"ニール・アームストロング

April 4, 2017

こんにちは、毎年1度は天体観測に出かけるナホです。

望遠鏡をのぞいていると遠い宇宙に浮かんでいる星を近くに感じられて、どこか不思議な気分になります。

数ある天体の中でも身近な月に人類で最初に行ったのが、アメリカの宇宙飛行士であるニール・アームストロング。アポロ計画で月面に降り立ち星条旗を立てる場面と名言は、あまりにも有名ですよね。宇宙飛行士として多くの偉業を成し遂げた彼の素顔に迫ってみました。

子どもの頃の夢は宇宙飛行士ではなかった

ニール・アームストロングは、小さい頃から飛行機が大好きな子どもでした。小学校のころには飛行機の精巧な模型を作りはじめ、当時の夢は航空デザイナー。宇宙飛行士になったのもいいデザインを作るためには航空機の操縦も知る必要があると思ったからなのだというから、その熱中ぶりは相当なものでした。

そういった経緯もあって、彼は宇宙飛行士になるまで約10年にわたってテストパイロットとして活躍します。知識と経験に裏打ちされた飛行技術は折り紙つきで、数々の先輩飛行士から「技術が高い」「度胸の据わった男」と言われるほどだったそうです。

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