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2016年7月

英語の豆知識 第四回: いくつもの顔を持つ英語

世界の共通語

世界の誰にでも通じる言語があればどんなに素晴らしいことか――。そんな声は、大航海時代が終焉に向かう17世紀にはすでに囁かれていたそうです。今とは時代背景がだいぶ異なりますが、「世界をグローバルな視点で捉えなければならない」という考え方は当時もあったようです。

その流れから生まれたのが人工言語。異なる母語を持つ人同士の共通補助言語として、自然言語の複雑さを排除して覚えやすくすることを念頭に考案されました。中でも1887年にザメンホフ(Zamenhof)博士が提唱したエスペラント語は有名ですが、それ以外にもノヴィアル、グロサ、インターリングアなど様々なものがあり、いずれも自然言語をベースに考案されています。ただし、これらはあくまでも補助的な存在にすぎず、自然言語に取って代わる勢力にはなりませんでした。

今の時代、実質的な共通語はやはり英語でしょう。英語圏に属する国はいくつもありますが、その中の2大勢力はアメリカとイギリスです。以前もご紹介しましたが、ラジオやテレビ放送をはじめとするマスメディアが普及してからは、それぞれの標準的な英語が各地に広まりました。語彙や表記法の標準化が進むことでコミュニケーション上の誤解が生まれにくくなり、人々はその恩恵にあずかっています。

アメリカ英語とイギリス英語

とはいえアメリカ英語とイギリス英語という2つのバージョンが存在していることは事実で、発音、綴り、語彙に関して多くの違いが見られます。外国語として英語を学ぶ我々は、それを受け入れなければなりません。学生時代、アメリカ英語で聞き取りの練習をしていても、いざヒアリングのテストで使われる音声がイギリス英語の発音だったりすると、どこか違和感を感じた経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。また、「apartment vs flat」(アパート)、「buddy vs mate」(仲間)、「candy vs sweets」(スイーツ)、「diaper vs nappy」(おむつ)がそれぞれ米英の違いであると区別できる方は、ご自身の英語力は決して低くないと自負してよいと思います。

このように、アメリカ英語とイギリス英語では違いが多々あるので、アメリカやイギリスの通信社などでは、情報の発信先がアメリカ英語を用いるエリアなのかイギリス英語のエリアなのかによって記事のリライトをしており、置き換えが必要な用語のリストも準備してあるそうです。

新聞や放送の分野だけでなく、英語は行政、司法、教育、産業、家庭にも浸透しています。こうした点は、フランス語、ポルトガル語、スペイン語、アラビア語、サンスクリット語などと比べても広範に渡っています。

英語の影響力を下支えするものとして、世界中で行われている英語教育が挙げられます。使用されるカリキュラム、 教科書、音声教材、アプリ教材等を作って販売する利益は莫大で、アメリカやイギリス経済に対する貢献度は少なくありません。実際に英語教育に携わるネイティブスピーカーたちの雇用創出の場にもなっています。両国にとって英語は、労働者も生産ラインも部品も在庫も輸送も必要ない理想的な輸出品といえるでしょう。

国をまとめる共通語

過去にイギリスの植民地だった国や地域の中には、もともと第二言語的な存在だった英語が今では公用語や準公用語の扱いになり、日常生活から切っても切り離せない存在になっているところがあります。アジアではシンガポールやインド、アフリカではナイジェリアやザンビアなどがそうです。フィリピンはイギリスの植民地ではありませんでしたが、アメリカの影響下でアジア屈指の英語国になりました。

また、インド国内には200前後の言語が存在するため、英語は国をまとめる共通語という役割を担っています。独立直後、ネルー首相は「世代が変わればもうこの国で英語が使われることはなくなるだろう」と話したそうですが、現実は真逆の道をたどりました。インドにおける英語の使用人口は今や、イギリスとアメリカの人口を足した数よりも遥かに多くなっています。

このように英語は各地で定着し、そこから新たな進化を続けています。アメリカやイギリスにはない独特な世界観が、それまでなかった表現として各地で出てくるようになりました。

◆インド英語の例
Himalayan blunder (大変な失態)
As honest as an elephant (とても律儀)

◆アフリカ英語の例
A knocking-fee (賄賂)
Snatch boys (すり)
Where there is dew, there is water.(露があるところには水がある)
Wisdom is like a goat skin bag - every man carries his own.(知恵は誰にでもある。皆がヤギ皮の鞄を持っているのと同じことだ)
Eat each other's ears. (耳元で内緒話をする)

似たようなことはオーストラリアでも見られ、この国独特の英語表現も生まれています。

◆オーストラリア英語の例
Your blood is worth bottling. (言葉では表せない感謝を表す)
Have a (kanga)roo loose in the top paddock.(気がおかしくなる)

こうした現象は、言葉が人とともに生きている証でありごく自然なことです。差はありますが、アメリカ英語、イギリス英語という有力な基準があるからこそ、どの国の人とも円滑なコミュニケーションが成り立っているのです。その恩恵ははかり知れませんね。

担当:翻訳事業部 伊藤