Column

2020年1月

大は小を兼ねず

日本語と比較すると見えてくるサイズ表現の特殊性

ここからが「言語の比較」という意味で面白くなってくるところです。サイズ表現の文法的な特殊性は、日本語にも明確なかたちで現れます。「big idiot」に対応するものとして「大バカ野郎」が相当しますが、「小バカ野郎」は変な日本語です。「小男」などの表現は可能なので、これは程度修飾特有の問題です。「大きい/なバカ野郎」とも言いません。「図体が大きいバカ野郎」ならまだいいですが。

このように、日本語では程度修飾の意味を表すために普通の形容詞ではなく接頭辞の「おお」に頼り、日本語も英語と同じように「おお」の反意語はその意味で使えないという事実があります。このことは、こうした現象が英語だけではなく、一般的な文法に由来することを示しています。おまけに日本語は、程度修飾の用法を普通の形容詞(や形容動詞)から"形態的"に区別しているので、やはり、文法的に特別扱いされていることがわかります。

Morzyckiさんは、「ドイツ語やポーランド語など他の言語でも同じ現象が見られる」と指摘しているので、そのリストに日本語を付け加えることはそれほど重要ではないかもしれません。しかし、Morzyckiさんの挙げている言語では、どうやらサイズを表す形容詞そのものには何の変哲もないようです。

このように日本語に触れることで、はじめてサイズ表現による程度修飾が特別なものであることが浮かび上がってきます。「おお」については、他に「大騒ぎ」などがありますが、「バスケットボールの大ファン」や「大のバスケットボールファン」の「大」のように接頭辞になったりならなかったりする「だい」が、程度修飾の役割を与えられています。

英語だけを見ていると、「big」には物理的サイズを示す意味と程度を示す用法の2種類があるということになります。日本語に関する観察をそこに付け加えると、その2種類の使い方は、そもそも「文法的に区別されなければならないのではないか」という結論に至ります。英語では、日本語にある"形態上の区別"がないために、程度修飾が「small」では許されないというかたちでしか違いが表面化しない、というわけです。

[参考文献 Morzycki, Marcin(2009)Degree modification of gradable nouns: Size adjectives and adnominal degree morpheme. Natural Language Semantics 17: 175-203.]

担当:東京大学教授(英語英米文学研究室)渡辺 明