Column

2021年1月

言語学コラム③:日本語には存在しないタイプの最上級(あるいは、AI can't solve the simplest problem.)

今回のお話も翻訳に絡めた内容になります。
早速本題ですが、

AI can't solve the simplest problem.

この文をGoogle翻訳に訳させる(2020年11月1日)と、「AIは最も単純な問題を解決することはできません」となってしまいます。もとの英文は、AIの能力をちょっとバカにした感じがあるのですが、これが、わからないのが現在のGoogle翻訳の実力です。

この日本語ではあまりAIをバカにした感じが出ていないわけです。「賢いけれど、しょうもないところに限界がある」というぐらいのところで収まってしまう余地があります。しかしながら、上記の英語文は、「どんなに簡単な問題も解くことができない」ということを意図している場合もあるのです。ひょっとすると、こちらの方が多いかもしれません。

「どんなに簡単な問題もできない」と言えば、もちろん難しい問題なんかできるはずもなく、「どうしようもなく能力が低い」ということを意味します。当該の英語の文はこうした使われ方をするのです。

もうひとつ挙げると、

The faintest noise bothers me.

も困ったことになります。

これまたGoogle翻訳で日本語に訳させる(2020年11月1日)と、「かすかな音が気になります」のように最上級の意味をとばして訳してしまいます。実はこちらの例文の方が、ことの本質を浮かび上がらせています。the faintest noiseは個別の物音を取り上げているのではなく、音の小ささの程度だけを問題にしていて、実は日本語の「一番」や「もっとも」では表現できないのです。

日本語に翻訳するとすれば近似値を求める以外にはなく、文全体としては、「どんなに小さな物音でも気になってしまう」というのが無難なところかと思われます。「どんなに小さな物音でも」と言うと、「どの音?」と個別の物音のことは特に気にならなくなります。

別の言語の話になりますが、スウェーデン語では、英語の最上級はふた通りの微妙に違った表現に対応しています。「英語では目に見える形でその区別がついていないだけなのだ」ということが、CoppockとEngdahlによる最近の共著論文で指摘されています。

日本語の「一番」や「もっとも」は、英語の最上級の二通りの表現の片一方にしか対応せず、今回問題にした英語の最上級のもう一方のニュアンスを表す表現は日本語に存在しないのです。したがって、日本語ではそのニュアンスを過不足なく表現できず、「近似的表現に頼るしかない」ということになります。

1970年代半ばに、今回取り上げた英語の最上級の不可思議な現象が、言語学者Fauconnierによって理論言語学で初めて詳しく取り上げられ、その輪郭が明らかにされました。それから40数年経ってようやく、それが2種類の最上級を区別することと結びついたのです。その間、スウェーデン語を話す人たちは、当たり前のように2種類の最上級を使い分けていたのでしょう。

Fauconnierが40数年前に指摘したのは、最初に挙げた例文を以下のような肯定文にすると、英語も日本語に存在するタイプの最上級としてしか使えず、もう片方のニュアンスはなくなるということです。

AI can solve the simplest problem.

こちらは、「AIは最も簡単な問題は解くことができる」というような訳をしておいて問題ないわけです。一方、前述の否定形における"最上級の近似値"として挙げた日本語で対応させると、「AIはどんなに簡単な問題でも解くことができる」となりますが、意味が違ってきます。そもそも、「どんなに難しい問題でも解くことができる」とは言いますが、「どんなに簡単な問題でも解くことができる」というようなおかしなことは言わないものです。英語でも、そのようなおかしな意味に対応するような最上級の使い方はしないのです。このように、否定と肯定を逆転させることで同じような効果が出ることからも、日本語には存在しないタイプの最上級を表現するための近似値として「どんなに...も」という言い方が使えることが見えてきます。

ということで、一見何の変哲もないような表現であっても「どこに地雷が埋まっているかわからない」というのが、普遍文法を念頭に置いた言語研究の面白さです。言語を比較することで地雷を見つけるわけです。

Google翻訳はというと、木っ端みじん。他の機械翻訳を試したわけではないので、AI全般を無能呼ばわりすることはできませんが、これをクリアするAIがあるのか、これから出てくるのか、は興味のあるところです。あったとしても、まだまだこのような地雷はたくさんあるので、より良いシステムへ向けた第一歩にすぎないと考えています。

[参考文献 Coppock, Elizabeth and Elisabet Engdahl (2016) "Quasi-definites in Swedish: Elative superlatives and emphatic assertion," Natural Language and Linguistic Theory 34: 1181-1243. Fauconnier, Gilles (1975) "Polarity and the scale principle," CLS 11: 188-199.]

担当:東京大学教授(英語英米文学研究室)渡辺 明