Column

2020年1月

言語学コラム①:大は小を兼ねず

言語には世界共通の法則がある

「なぜ、人種に関わらず、幼少期に特定の言語を大量に浴びるとその言葉が話せるようになるのだろうか?」

それぞれの国で話される言葉は一見(一聞?)しただけでは共通性がありません。しかし、アメリカ人でも日本で生まれたら日本語を操り、中国で生まれたら中国語を操るでしょう。つまり、人間が話す言語には共通の法則(文法)があって、その法則を解明すれば、「人間がなぜ言葉を話せるようになるのか」もわかるし、どんな言語も簡単に操れるはず!

今から35年ほど前にこの話を聞いて感銘し、リケ女だったわたしは言語学の扉を叩きました。自然科学の分野においてさまざまな法則を解き明かしたアルキメデスのように、言葉においてもその法則を発見したいものではありませんか!

法則発見のためには、同じような働きの言葉をグループ化して共通性を見出したり、例外があれば例外に説明がつけられないかと考えたり、言葉を多方面からこねくり回します。挙げ句に、英語の文法を証明するために、実際には使わないような変な意味の英文を作っては、英語ネイティブの先生に「この文章は文法的に正しいですか?」などと質問したものです。「君たちのお陰で、だんだん自分が話す英語がわからなくなってくるよ!」と先生にはよく笑われました。

さて、わたしの言語学の旅はわずか2年で終わりましたが、その当時から彗星のような光を放ち、そして今でも放ち続ける東京大学教授の渡辺明先生をお招きし、読者の皆様にも言語学の扉をたたいていただこうと思い立ったのが、今回から始まるコラムシリーズの趣旨です。

アークコミュニケーションズ代表取締役
大里真理子


今回を含めて5回、このコラムを担当します。わたしの専門は理論言語学で、普遍文法などというものに興味があるのですが、ここでは「理論がどうのこうの」ということではなく、英語と日本語を比較しながら一般にはあまり知られていないと思われる事柄を紹介していきます。よろしくおつきあい願います。

反意語で意味が失われる英語の程度修飾

今回のテーマは「大小」に関わるものです。形容詞には「big/small」や「long/short」など反意語のペアが多く存在しているのですが、こうしたサイズ表現が文法的に特殊な面を持っていることを取り上げたいと思います。

話は、Morzyckiさんという研究者が10年前に発表した論文から始まります。その中でMorzyckiさんは、「big idiot」という表現では「big」が体格ではなく「おバカさ加減」を示しているのに対し、「small idiot」の場合では「small」にそうした意味を持たせることができず、「体格が小さい」という意味にしかならないという観察をしています。

それだけではなく、「a bigger idiot than you can imagine」のように名詞の前に来るときには"程度修飾(ものごとの程度を表す修飾)"ができるのに対し、「an idiot bigger than you can imagine」となると「想像を超える図体の大きなおバカさん」のように名詞の後に来ると程度修飾の意味が消えてしまうのだそうです。

一方で修飾される名詞側から見ると、彼の一連の研究において、「idiot」と同じことが起こる名詞として「disaster」「smoker」「fan」などが挙げられます。こうしたもともと何らかの「程度」の意味を持つ名詞がこのようなふるまいをするようです。

また、先に示したように、なぜ「big」だと可能な程度修飾の意味が、その反意語の「small」では不可能なのかわかりませんが、文法的に特殊な用法であるという匂いがしなくはありません。ただ、英語においてはこれだけの話ということになります。