対談記事

2020年1月

外国人材への活用に期待大、いま最も先端を行く異文化マネージメントのエヴァンジェリストに聞く

日本国内でも、ビジネスパーソンから一般の人まで、海外の人とコミュニケーションをとる(とらざるを得なくなる)機会が急速に拡大しています。しかし、そうした場面が増えるほど、コミュニケーショントラブルも増えているのが現状です。その原因は、実は言葉よりもむしろ相手の文化を理解していないこと。では、どうやって相手の文化に応じてコミュニケーションの仕方を変えていけば良いのでしょうか。その解が、文化の多様性と組織文化の世界的大家であるヘールト・ホフステード博士がつくった「(国民文化の)6次元モデル」のなかにあります。

宮森千嘉子さんは、そのホフステードモデルの最大の理解者にして、博士が認定した数少ないファシリテーターとして、異文化マネージメントの世界で活躍されています。2019年の春には、『経営戦略としての異文化適応力 ホフステードの6次元モデル実践的活用法』*を上梓されました。
今回のインタビューでは、その宮森さんに、ホフステードモデルとの出会いやその使い方などについてお聞きしました。

*:『経営戦略としての異文化適応力 ホフステードの6次元モデル実践的活用法』(宮森千嘉子、宮林隆吉著、日本能率協会マネジメントセンター、2019年)

宮森千嘉子様

プロフィール
宮森 千嘉子 ホフステード博士認定ファシリテーター、マスタートレーナー
大里 真理子 株式会社アークコミュニケーションズ代表取締役

発端は異文化人の考えが読めないこと

大里:外国人材の活用がますます重要になっているなか、宮森さんに一番お聞きしたかったのは、ホフステードモデルとの出会いについてです。なぜ、広報のプロの宮森さんがホフステードモデルのエヴァンジェリストになったのか、このモデルにかけるパッションはどこから湧いてくるのか、などをお聞きしたいと思っています。

宮森様:英国のビジネススクールでMBAを取得したのち、当時勤めていた米国企業のイギリス拠点でしばらく働き、その間にアングロサクソン的なビジネスの仕方を徹底的に植え付けられました。2年目から、東南アジアや東ヨーロッパにおけるEメールマーケティングプロジェクトの担当になり、たびたびこれらの地域を訪れるようになりました。そうしたところ、同じ米国系の会社で働いている仲間なのに、今度は慣れ親しんだアングロサクソン流の考え方がまったく通用しないことがわかり、当時、「これはいったいなんなんだろうか?」とすごく悩んだことがあります。そんな不思議な思いを抱いたまま、日本に帰ることになりました。

大里:それは大変でした。日本ではどのようなお仕事を?

宮森様:日本支社の広報部門に入ったのですが、そこでアングロサクソン流の数値ベースのマネージメントを実行するつもりでした。広報なので、どの媒体にどのくらいの頻度で自社情報が掲載され、どのようなテーマを選べば何点に評価されるのかというシステムを導入しようとしたのです。そうしたら、ここでも周囲から怪訝な顔をされました。また、当時は毎日のように様々なビジネス部門からプレスリリースを出していたので、「数を絞って、効率的な情報提供をしましょう」と言ったところ、追い打ちをかけるように、総スカン(笑)を喰らいました。

大里:それはずいぶんと悩まれたのではないですか?

宮森様:はい、その通りです。その時、「なんでこの人たちはこうしたやり方が嫌なのか」という理由がわかりませんでした。「広報がコストセンターだから、数値で評価されるのは嫌なのかな」とか、いろいろ考えました。自分は正しいことをやっているはずなのに、相手は正しいと認めてくれないのです。そんな悩みを抱えながら、夫の転勤に伴い、スペインのバルセロナに移住することになりました。そこでホフステード先生の6次元モデルに出会ったのです。

大里:いよいよ現在のお仕事に通じるお話が出てきましたね。ホフステードモデルは、何か宮森さんに影響を与えましたか?

宮森様:外資系で広報をしていたので組織文化の重要性はよく理解していましたが、国の文化もちゃんと勉強しなければいけないと思うようになりました。実際、各国の文化について勉強をしていくと、その昔、自分が苦しんでいたことがスルスルと解けていったので、「こういうことを知っていたなら、わたしはあれほど失敗しないで済んだ」と反省することしきりでした。これからは、わたしみたいな普通の人が日本の外で生きていくケースも増えるし、日本にやってくる外国人も増えるだろうから、こうした考え方を一つのツールとして持つべきだと強く思うようになりました。

ホフステードモデルで文化をロジカルに解釈する

大里:ホフステードモデルとは、簡単に言うとどういったモデルなのでしょうか?

宮森様:正式には「国民文化の6次元モデル」と言って、国の相対的な文化の違いを次元ごとに0から100までの間で数値化したモデルです。ホフステード先生は、以下のような人間社会にある普遍的な6つの課題に注目して、その度合いを数値化し、文化の違いを誰でも客観的に理解できるようにしました。

1. 権力との関係「権力格差(小さい⇔大きい)」
2. 個人と集団の関係「集団主義⇔個人主義」
3. 男性・女性に期待される役割の違いと動機づけ要因「女性性(生活の質)⇔男性性(達成)」
4. 知らないこと、曖昧なことへの対応「不確実性の回避(低い⇔高い)」
5. 将来への考え方「短期志向⇔長期志向」
6. 人生の楽しみ方「抑制的⇔充足的」

ホフステードモデルは、米IBM社の50カ国以上における11万6千人を対象とした従業員意識調査から始まりました。調査のあとにホフステード先生が従業員の意識や行動の違いを比較してみると、職種や性別・年齢などの属性ではなく、国別の文化の違いによって起こされる問題が一番大きいことを発見したのです。そしてその後、先生がスイスのIMEDE(現在のIMD)などで、同じ質問を用いて追調査を実施し、何年かかけて作り上げたのがこのモデルです。ホフステード先生は、2008年5月5日付のウォール・ストリート・ジャーナルでは、野中郁次郎先生やミンツバーグ先生、ピーター・センゲらとともに、経営に最も影響力を持つ20名の思想家の1人に選ばれています。
先生は機械工学、社会心理学の博士号を持ち、マーストリヒト大学などで組織人類学や国際経営学の教授を歴任。幅広くかつ鳥瞰的視点で90歳の今も研究を怠らない。そういう先生のアカデミックな姿勢に、わたしはとても感動したものです。

大里:当時の宮森さんのお考えに、ホフステードモデルがピタリとはまったのですね。

宮森様:はい。異文化というものは、自分の経験で語ることは簡単なのですが、それほど気軽に語れるものではないということをうすうす感じていました。そのためには、アカデミックな根拠がほしい。先生の研究に裏打ちされた理論は、それに応えるものだと確信しました。それでも、先生は「このモデルですべては読み解けない」と常におっしゃっています。そういう学者としての謙虚な姿勢にもすごく共感したのです。

大里:日本でホフステードモデルをうまく普及させ、有効に利用してもらうために、どのようなことに気をつけてご説明されているのでしょうか?

宮森様:次のような説明をすると、納得していただけるケースが多い気がします。「日本人の文化を、他の国と比較して相対的に説明できますか?それを客観的に可能にするのがホフステードモデルなんです。」

6次元のなかで「権力格差」と「集団主義/個人主義」のスコアを見ると、日本は世界のなかでちょうど真ん中の位置にあります。日本人に「日本は集団主義だと思いますか?」と聞くと、ほぼ99%の方が「そう思う」と答えますが、実はそうでもないのです。一方、「女性性/男性性」のスコアで見ると男性性が非常に高く(競争社会のなかで達成・成功・地位の獲得が動機づけになる)、「不確実性の回避」も高く、不確実・曖昧・知らないことを恐れる。そんな国って世界のなかでもほかにはないのです。そうした分析を皆さんにお見せすると、「そうなんだ!」と驚きをもって聞いてくれます。これを"掴み"にして会話に入ると、皆さんの興味を惹きつけることができるようです。

大里:カテゴライズによってステレオタイプ化してしまう危険性もありますね。ホフステードモデルがアカデミックな手法に基づいていたとしても、国民の個人差は当然あるので、わたしたちとしてはホフステードモデルとどのような"付き合い方"をしていったらいいのでしょうか?

宮森様:ホフステードモデルを使っていろいろな軸(次元)の組み合わせができるようになると、さまざまな文化の人と対峙したときに、「なぜこれが起こっているのか」ということについてモデルを通して考えることができるようになります。さらに「これは国の文化なのか、組織の文化なのか、それとも個人の問題なのか」と思考を深めることもできます。そうやって糸口が見えると、問題があったときの解決方法がわかります。ビジネスだけでなく、日々起こっているさまざまなニュースなども、モデルを使うとその本質がよく見えることがあります。