空を自由に飛ぶ夢を追い続けた情熱 有人飛行機の発明家・ライト兄弟|翻訳会社ブログ

世界の著名人:ライト兄弟について

空を自由に飛ぶ夢を追い続けた情熱 有人飛行機の発明家・ライト兄弟

こんにちは、海外旅行が大好きなナホです。

海外への交通手段としてもっともポピュラーなのは飛行機ですが、この飛行機を実用化したのが、ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトのライト兄弟です。彼らはなぜ飛行機を作ろうと思ったのか、そして彼らの発明にはどんな意義があったのか。その真相に迫ります。

ライト兄弟が発明した「有人飛行機」の意義

1903年12月17日、ノースカロライナ州のキティホークで空高く飛んだ、人類初の動力飛行機・ライトフライヤー1号。ウィルバーとオーヴィルがグローバルに知られる偉業を成し遂げたこの日は、「飛行機の日」として記念日にもなっています。

それまでの飛行機といえば熱気球によるもので、現在の飛行機のようにパイロットが操縦して継続的に飛行したりすることはできず、実用性はありませんでした。その点では、現在の飛行機の基礎となる発明をしたのは、この2人がはじめてだったということになります。

その後飛行距離をグングンと伸ばしたライトフライヤー1号は、アメリカ中の人々の注目の的になりました。そしてついには、発明に懐疑的だったマスコミや政府をも納得させるまでになったのです。

機械好きな子どもだったライト兄弟

子どもの頃から「自由に空を飛びまわりたい」という夢を持っていたウィルバーとオーヴィルは、ヘリコプターのおもちゃが大好きでした。

何度もおもちゃを壊しては組み立て直す2人に、両親は後片付けをするように促しはするものの、特に叱らず自由にさせていたそうです。父親にいたっては、自分の大切な大工道具をよろこんで使わせていたほどでした。

大きくなった2人は大学に進学しましたが、在学中に機械好きが昂じて、自転車店を開くことにしました。店を開いてからも、考えるのはやはり空を飛ぶ夢のことばかり。稼いだお金は飛行機の研究につぎ込み、暇があれば本を読んだり実験をしたりしていたそうです。

発明のよろこびを表した英語の名言

ライトフライヤー1号が飛んだ後、彼らは以下のような英語の名言を残しました。

"We were convinced that an airplane flew in the air surely.(われわれは、飛行機はきっと空を飛ぶと確信していた)"

ライト兄弟の長年の夢が叶ったよろこびがあふれた瞬間だったことがうかがえますが、それだけではありません。飛行機の実用化は、古代からたくさんの学者や研究者が試行錯誤してきたテーマで、歴史上でもとても大きな意味をもっていたからです。

弟のオーヴィルが写真を得意としていたため、彼らの活動記録は英語の解説文に写真つきで鮮明に残されていました。途中洪水によって大半が失われるという悲劇もありましたが、残ったものはアメリカ議会図書館に保管され、飛行技術を学ぶ世界中の人に読まれています。

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