イスタンブール〜オデッサ「黒海は本当に黒いのか?」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

イスタンブール〜オデッサ「黒海は本当に黒いのか?」

イスタンブールのオデッサ

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回は黒海を渡ってウクライナを訪れます。

「黒海が本当に黒いか、見に行こうと思って」。

「何故そんなところに?」の問いにふざけた返答をしたのは、本当の理由が「"イスタンブール〜オデッサ"の魅惑的な響きに心奪われて」という、語るに足らないものだったからだ。

かくして意気揚々と、ボスポラス海峡を望むウクライナ船籍の甲板に立った...まではよかった。船は一向に出航せず、ボスポラス海峡に沈む夕日を洋上から見るはずが、港湾につながれたまま辺りは暗くなり、夜更け過ぎにようやく重い腰を上げた。もちろんのこと、この時点で、海は黒々としている。

そして海峡を通り抜け、大海へ突入するやいなや、強烈な揺れが襲ってきた。黒海は瀬戸内海とは違う、渡るのに2泊3日を要する"大海"なのだ。そう思い知らされると同時に、込み上げてきたものがあった。
「そうだ、私は乗り物に弱いんだった...」
今の今まで忘れていたことが自分でも不思議だが、時すでに遅し。せっかく食事付きであったにも関わらず、最上階(といっても3階)の展望レストランに行くこともなく、プチ断食をする破目となったのである。

3日後、ウクライナのオデッサに入港した時も、すでにとっぷりと日が暮れていた。午後3時着の予定だったが、遅れを取り戻そうという気はどうやらなかったらしい。
こうなると不安なのは入国審査と両替だ。なんとか無事に入国は果たしたものの、両替窓口はすべて閉まっている。人通りも少ない。とりあえずホテルまで行くしかないと、やっと通りかかったタクシーを捕まえ、ドル札を見せながら「チョールナエ・モーエ」と、ホテル名を告げる。

旧ソ連の国々では、外国人が泊まれるホテルは限られていることが多く、たいていがソ連時代の無骨な高層ホテルである。味も素っ気もないが、大きく目立つので、知らない人はいない。しかし、タクシーの運転手は首を傾げ、「チョールナエ・モーエ?」と繰り返す。
「ダー、チョールナエ・モーエ!」ここでタクシーを逃していけないと、窓ガラスに手をかけ、ホテル名をやや強めに繰り返す。それでも反応の薄い運転手に、「チョールナエ・モーエ、ガスツィーニッツァ」と、頭の片隅からロシア語のホテルに当たる言葉を引っ張りだして付け加える。すると運転手は小さく頷き、ようやくドアを開けてくれた。

ホテルまでおそらく10分ほどだったろう。フロントに駆け込み、ここが本当に「チョールナエ・モーエ」であることを確認するまで、ずいぶん長い時間が経過した気になっていたが。

久しぶりの"揺れないベッド"に心躍らせながら、まずは船旅の疲れを癒そうと浴室に向かう。石けんの箱を手に取ると、そこには「チョールナエ・モーエ」の文字。ホテルの名前が記されているだけで、何の違和感もない...はずだった。だが、キリル文字(ロシア語版アルファベット)のつづりに、心に引っかかるものを感じた。
「チョールナエ...、確かロシア語で"黒い"って意味だったような...」
慌てて石けん箱をひっくり返すと、そこには予期した文字。つまり英語で"Black Sea"! 「ああ」その瞬間、すべて合点がいった。

黒海の際(きわ)で、「黒海に行きたい」と言われれば、誰でも怪訝な顔をするだろう。今さら言うまでもないが、「チョールナエ・モーエ」は黒海を意味するロシア語だったというわけだ。
「ええ、『黒海』は確かにロシア語でも『黒い海』ですよ」

私の「黒海は本当に黒いか」というふざけた問いに対するロシア(正確にはウクライナ)側からの回答がコレか...。陸に上がってもまだ身体に残る揺れを一層強く感じ、洗面台に手をつき私は床にへたり込んだ。

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