エストニア・ラヘマー国立公園「ヴスに夢中!」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

エストニア・ラヘマー国立公園「ヴスに夢中!」

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回はバルト三国の一つ、エストニアのラヘマー国立公園の中にあるヴスの町での出会いをお届けします。

ブス、ではなくヴス。

その町の名に思わず目が吸い寄せられ、ガイドブックをめくる手が止まった。
続きを読むと、どうやら「(バルト三国の一つである)エストニア最大の自然公園であるラヘマー国立公園の拠点となる町」らしい。名前のインパクトもあって大いに興味を惹かれたが、肝心のラヘマー国立公園に関する情報はわずかしかない。「ええい、出たとこ勝負だ!」私は未知なるヴスとの出会いに期待を膨らませ、エストニアの首都タリンからバスに乗り込んだ。

首都タリンを出ると、バスはゆるくカーブした舗装道をガタゴトと進み、小さな集落をいくつか抜けていく。"ダーチャ"と呼ばれる"週末別荘"が建ち並ぶ一角もある。別荘というとお金持ちのイメージだが、ロシア・旧ソ連圏でよく見られる"ダーチャ"は、菜園付きの小屋のようなもので、週末に家族で訪れ、野菜を育てたり、きのこ狩りをして楽しんだりする、いわば"庶民のお楽しみ"だ。

車窓から見る限り、人影はないようだが、きっと週末には家族のにぎやかな声が満ちるに違いない。その様子を思い描きながら、ブスに思いを馳せる。「ラヘマー国立公園の拠点となる町」なのだから、きっとバスターミナルがあって、ビジターセンターまではいかなくてもツーリスト・インフォメーションくらいはあるだろう...。
しかし、そんな期待はあっさり裏切られた。バスが停まったのは、ここまでの道と何ら変わらない、バス停のポールすらない、集落の一つ。しかも降りる乗客は私一人...。にわかには受け入れられず、「ここがヴス?本当にヴス?」と運転手にすがるようにヴスを連呼するが、運転手はただ黙って重々しく頷く。シュンと扉が閉められると、バスはもうもうと土煙を上げて走り去っていった。

呆気にとられてばかりもいられない。気を取り直して、人気のない閑散とした通りを家が固まっている方へと歩いて行くと、思いもよらぬ大規模な"Hotel"と書かれた建物を発見!しかし、これまた全く人気がない。営業しているのか半信半疑で門をくぐると、ようやく人影が2つ。どうやら一人はホテルの従業員(もう一人はその友達?)のようだ。
宿泊の旨を伝え、ついで「自転車を借りられるところはないか」と英語で聞くが、通じない。「ロシア語かドイツ語なら」と申し訳なさそうに言う彼女。しかし自転車のロシア語もドイツ語も思いつかず、今度は私が首を振る。仕方なく、自転車の絵を描いて見せると、「あー」とわかったようだが、答えは"ニエット"(ロシア語でNo)。再び申し訳なさそうに首を振った。

ホテルに荷物を置きぐるっと町を歩いても、何の情報も得られず、明日の行動も定まらぬまま、ホテルへと戻ってきた私を迎えたのは、「あー!」という受付の彼女の大声だった。友達とのおしゃべりを中断し、駆け寄ってくると、身振り手振りで何か言ってくる。よくわからないが、「ちょっと待って」と言っているらしい。そうしておいて勢いよく街路に飛び出した彼女は、2、3分ほどして1人の男性を連れて戻ってきた。
「明日の朝は何時に出かけるのか」男性の英語での問いに、「ああ、英語を話せる人を連れてきてくれたのか」と思う一方、「急に何だろう」と咄嗟に答えが出ない。そんな私を尻目に、彼女は男性に早口で何か言い募る。男性は「わかった」というように頷くと、私に向かってこう言った。

「彼女の友達が自転車を持ってくる。何時がいいのか」

なんと、私が出かけている間に、彼女は明日、見ず知らずの日本人に自転車を貸してくれる友人を探してくれていたのだ。ようやく合点がいき、今度はあまりのことにぐっと言葉に詰まった。
おかげで翌朝、私は快適に自転車を乗り...こなすまでには実は少し時間がかかったのだが。というのも、ブレーキがハンドルに付いてなく、ペダルを逆漕ぎするパターンだと気付くまでの間、何度か転びそうになったからだ。

それはともかく、ヴスの森は素晴らしい。少し道を外れれば、時には背を超すほどの葺のような植物が茂った野があるかと思うと、巨木と巨石の神秘の森が現れる。森が途切れた先には嘘のように青い海。深い深い太古の眠りについたような森から、突然開ける青の眺望は、陳腐な言い方だが、まるで魔法のようだ。

自分が今、どこにいるのか、時間の感覚さえも失い、ただ立ち尽くす。森を抜け、アスファルトと木に立てかけた自転車を見て、ようやく現代に返ってきたと夢から覚めたような安堵感さえ覚える。

ラヘマー国立公園は広く、私が自転車で回ったのはヴスからカスム岬までのわずかなエリアでしかない。しかも後で知ったことだが、メジャーな観光ルートではなかったようだ。だがメジャーかどうかは関係ない。ヴスの優しい彼女のおかげで、夢心地の体験をできたのだから。

誰もいない、何もない街角で、いつ来るとも知れぬ首都行きのバスを待ちながら、旅の醍醐味の一つ、「出たとこ勝負」に大勝利を納めた余韻に浸った。

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