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キルギス「素敵なトイレのある風景」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

キルギス「素敵なトイレのある風景」

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回はトイレシリーズ第二弾、暮らしと切っても切れない「トイレのある風景」は旅の思い出とも不可分なのです。

機内誌で掲載されていた浅田次郎氏のエッセイで、日本と海外における「向きの違い」について紹介しているものがあった。

日本人はバックで駐車するのを好み、欧米人は前向きに突っ込む。「玄関で脱いだ靴をくるりと回して揃えるのを見ると、『来た早々に、もう帰ることを考えているのか』と不快に思う」などの外国人の証言(?)が掲載されていて、興味深かった。

この「向きの違い」で、常々私が気になっていたのが「トイレの向き」だ。和式トイレは駐車風に言えば「前に突っ込む式」だが、世界の主流は明らかに「バック式」である。
洋式はもちろんのこと、中国はじめアジアで多く見られる隣との仕切りだけで(仕切りもないところもあるが)扉のないオープンタイプの集合式トイレを「ニイハオトイレ」と呼んだりするが、これは用を足している時に顔が合うことを揶揄したもの。尻を突き合わせる集合式トイレは、未だお目にかかったことはない。
考えてみれば、完全に無防備な状態の尻をさらすのは扉側に向けるのは不用心な気もしてくる。それだけ日本は安全ということだろうか。

旅をしていると、さまざまなトイレに出会う。先述の集合式トイレをはじめ、ウエスタン映画のガンマンが出てきそうな観音開きの扉が腰回り部分にわずかに付いただけのもの、蛇口をひねりゴムホースの水で尻を洗う元祖シャワー式トイレ、トイレ小屋が川に張り出した板上に設置され、足元の穴の下に川のせせらぎが望める、自然の水洗トイレ...。
シベリア鉄道では、水を流すと穴の底がぱっかんと蝶番(ちょうつがい)で開いて線路へと排出され、ぽっかり空いた穴から風が吹き込み、肝ならぬ尻を冷やす経験もした。
世界にはまだまだ「とんでもトイレ」があるに違いないが、今でも印象に強く残っているキルギスの2つの「素敵トイレ」について紹介したい。

ひとつはコチコルのバスターミナルに隣接した市場のトイレ。バスターミナルと言っても日本のような大型バスは見当たらない。キルギスの足はマルシュルートカと呼ばれる乗り合いタクシーが基本だ。行先を連呼して該当するタクシーを見つけ、人数が集まれば出発する仕組みだ。時にはなかなか定員にならず、2時間近く待たされることもある。
その時もまだ人数が集まっておらず、「食事をしてきてもいいか」と、片言のロシア語(旧ソ連圏のキルギスではロシア語を解する人が多い)とジェスチャーで伝えると、「いいよ、行ってこい」という答えが身振りで返ってきた。車が見えるあたりの店に入り、肉の塊が入ったスープをすすって腹を満たし、店の人にトイレの場所を聞いて市場へと向かう。
トイレ番のおばちゃんに小銭を渡して、紙を受け取り、集合式トイレ小屋へ。このあたりの地方都市で見られる一般的なタイプである。がしかし、次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは...!

真ん中に一本の通路、申し訳程度のしきりが並ぶさまは「いつも通り」だが、そのしきりのところに見慣れない物体、すなわち「カーテンがある!?」

「これは新しい!!」初めて見る光景に、一人、興奮する。「もしや今、私はまさにトイレの進化の途中に立ち会っているのか」人類の進化に例えるなら、二足歩行に移行して、少し背が伸びてきた瞬間。おそらく、トイレ史にごくわずかしかない瞬間に立ち会えたのだと、興奮覚めやらぬままトイレを出た。

この興奮をトイレ番のおばちゃんに伝えることができなかったのが心残りだ。やはり言葉は重要だと痛感した瞬間でもあった。

もうひとつは、標高3,000mを超える高地にある湖ソンクルを訪れた時のこと。山肌に流れる雲の影が映り、牧草地をゆく牛の群れが夕焼けに影絵のように浮かぶ様を眺めながら、ぶらぶらと歩いたり、400円乗り放題(!)の馬に乗ったりしながら過ごした。もちろん電気などなく、目に入る人工物は遊牧民のテント「ユルタ」とトイレ小屋だけだ。夜は気温が一気に下がり、牛糞を燃料にしたペチカ(暖炉)が必須になる。
皆が寝静まった夜、トイレに行こうと荷物の中からペンライトを探し、ユルタの外に出た。ところが、頭上には大きな満月が煌煌と輝き、夜とは思えぬ明るさだ。遮るもののない中、月の光は隅々にまで行き渡り、すべてを照らし出す。足元には黒々とした影が長く横たわっている。

「月ってこんなに明るかったんだ」

ペンライトをポケットにしまい、トイレ小屋に向かって歩き出す。小屋の扉を閉めると、木板の継ぎ目から細く月光が差し込み、月の神様に介助されているような不思議な気分になった。

まっすぐに帰るのがもったいないように思えて、しばしの月光浴を楽しんでから、月の導きでユルタへと戻った。見送ってくれた月に「ありがとう」と目でささやき、牛糞が燃えるペチカで暖められた室内で再び眠りについた。

トイレもまた旅の景色であり、忘れがたい思い出である。

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