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ソ連の人々・前編「素晴らしき伝言ゲーム」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

ソ連の人々・前編「素晴らしき伝言ゲーム」

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。1990年、ゴルバチョフ政権下の「ものがない」時代のソ連で、今の日本では見られなくなった「伝言ゲーム」に出会いました。

街角で、バスで、飛行機で...。

1990年にソ連を旅行した時には、さまざまなシーンで「伝言ゲーム」に遭遇した。

横浜から船に乗って日本海を渡り、シベリア鉄道で大陸を横断し、たどり着いたレニングラード(現サンクトペテルブルク)。道に迷い、大柄な男にホテルへの道を聞いた。「それならバスだ」。男はにこりともせずに言うと、「バス停はどこに?」と聞くよりも早く、先に立って歩き出した。バス停に着くと、男は小走りで後を追う私には見向きもせず、バスを待つ人たちに何事かをロシア語で告げる。

「この子は○○ホテルに行きたいそうだから、着いたら教えてやってくれ」

おそらくそう言っているであろうことは、並んでいる人たちがさまざまな音階で(といっても男性ばかりだったのでバリトンの音域に限られるが)、「ダー」「ダー」「ダー」(「ダー」はロシア語でイエスの意味)とバラバラ答える様子からうかがい知れた。「スパシーバ(ロシア語でありがとう)」。去ろうとする男に慌ててお礼を言うも、男は相も変わらずにこりともせず、ただ少し照れくさそうに手を顔の前で振った。

間もなく来たバスに乗ってしばらくすると、前の座席の人が「次だよ」と合図を送ってきた。バスが停車すると「○○ホテルはここだ」と隣の席の人。前からも後ろからも横からも、「ここだ」と声がかかる。「スパシーバ」、左右前後にお辞儀をしながら下車した。

見事な連携プレーは車内でも起きる。ソ連時代のバスは、運転手から切符を買い、それを車内に設置された検察機にガッチャンと通す方式なのだが、このバスが身動きできないほど混んでいる。しかも、基本的に札での対応はしてくれない、実に不便極まるものだ。

「しまった、小銭がない」。人に揉まれながら財布をよっこらと取り出したものの、あいにくと札しかなく困っていると、隣の人が"ちょんちょん"とつついてくる。札を渡すと、その札は次の人の手へ、また次へと渡っていく。「え?両替してくれるんじゃ...」目を丸くして、札の行方を追うが、なんせ朝の山手線並みの混雑だ。見える範囲も限られ、捕捉できるものではない。消えた札の行方に首を巡らせていると、どこからともなく小銭が戻って来た。札は両替できる人を捜して車内を旅してきたらしい。次は切符購入だが、運転席までは遠く、たどり着けそうにない。すると、前の人が"ちょんちょん"と合図を寄越した。小銭は人の手から人の手へと旅し、切符に姿を変えて戻って来た。今度は横の人が、その切符を渡せと合図を寄越す。切符は最後の難関、検察機への旅を開始し、見事にガッチャンされて私の手もとに戻ってきた。これで仮に検察が来ても、無賃乗車を疑われることはない。前後左右に頭を下げたい気分だったが混雑に阻まれ、小声で「スパシーバ」とつぶやくにとどまった。

そして極めつけは、飛行機の乗り継ぎでの出来事。モスクワからタシケント(ウズベキスタンの首都)を経由してサマルカンドへと向かう国内線(当時、ウズベキスタンは独立前でソ連の一部だった)。国内線はほぼ自由席状態で、我先にと人々が乗り込む中、私も友人も空いている席を見つけて慌てて座った。友人と離ればなれになり、しかも私は体調を崩していた。機内食が配られても、食欲がなく手をつける気にならない。

「どうしたんだ、具合が悪いのか、これ(塩こしょう)をかけると食欲が出るぞ」。そんな私の様子を心配して、隣のおじさんが声をかけてくる。放っておいてほしかったが、覗き込まれてはだんまりもできない。仕方なくロシア語会話集を取り出し、「私はかぜだ」を指差す。するとおじさん、丁寧にもりんごを私の分もゲットしてきて、「これなら食べられるだろう」と差し出す。「これ(りんご)はロシア語で何と言うのですか?」「ヤブローカだ」「ヤブローカ?」「ダー、ヤブローカ」と、気分の悪さを必死でこらえながら、超初級ロシア語講座の開始だ。おかげで「ヤブローカ」の言葉は今でも忘れない。

乗り継ぎのタシケント空港に着くと、おじさんは私の肩をいたわるように軽く叩いて去っていった。おじさんと入れ替わるように、モンゴル系の若い男性が現れ、上の棚から私の荷物を下してくれる。もう片方の手には友人の荷物もある。友人の隣の席の人かと思ったが、後で聞けばそうではないらしい。どこからともなく現れ、荷物を持つと「こっちだ」と私の席(私の方が前方の席に座っていた)に連れて行かれたという。彼は私たちの荷物を持ったまま迎えのバスに乗り、ターミナルに着くと私たちをベンチに案内し、その足元に荷物を置いて消えた。搭乗時間になると、彼は再び現れ、また無言で荷物を運ぶ。「大丈夫か」と私を気遣う態度から、おそらく隣のおじさんから伝令がいったのだろうと推測できた。もしかしたら、その間に数人を経ているのかもしれないが...。

確かに、その飛行機に日本人は私と友人しか乗っていなかったが、「この2人がセットで、1人は具合が悪いらしいから、2人の荷物を持ってやれ」との伝令が飛び、速やかにかつ厳格に実行されるとは...。ソ連の「伝言ゲーム」の精度は素晴らしい!

スマホが普及した現在は、道を聞く人もいない。電車もバスもICカードでピッという時代だ。しかし何でも便利がいいとは限らない。不便だからこそ生まれる人のつながりやぬくもりもある。そしてそれは、一生忘れ得ぬ思い出になる。

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