コソボ・デチャニ「林檎の味」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

コソボ・デチャニ「林檎の味」

コソボ、デチャニ修道院

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回は独立から10年、世界で一番新しい国家とも呼ばれるコソボを訪れます。

コソボのデチャニへ、アルバニアの首都ティラナからバスで国境を越え、5時間ほど走ってようやく到着。

バス停も何もない、町の中心を表すのはロータリー交差点だけ。とりあえず一息つこうと、手近なカフェに入るも、目に付くのは男性ばかり。イスラム教徒が大半を占めるこのエリアの地方都市、かつ観光地でもないデチャニでは、女性が一人でカフェに入るのは珍しいことなのだろう。外国人、しかもこの辺りでは滅多に見かけないアジア人とあって、周囲の視線を痛いほど感じる。が、ここでひるんでいては目的の地にはたどり着けない。なぜなら、これから私が目指す地は、コソボにありながらセルビアの世界遺産として登録されているデチャニ修道院。アルバニア系住民とセルビア系住民の対立が深まる度に襲撃のターゲットとなり、手榴弾が投げ込まれたり、ロケット弾が打ち込まれたりしてきたところだ。

ちなみにコソボは2008年にセルビアからの分離・独立を宣言した新しい国だが、セルビアを含め国家として承認していない国もまだ少なくない。アルバニア系住民とセルビア系住民が入り交じって暮らしていた時代もあったが、コソボ紛争によって多くのセルビア系住民は退去。現在、コソボで暮らすセルビア系住民は4%ほどと言われている。

デチャニ修道院へ行く道はこれでいいはず。

ネットで調べてきた情報を頭に思い浮かべ、ロータリー交差点から伸びる1本の道を進む。「デチャニ修道院に行くことはアルバニア系住民(つまり、コソボの一般的な人々)には言わないほうがいい」と併せて記されていたことも思い出し、人々と目が合わないように、帽子を深めに下ろす。足を速めながら「秘密を抱える者の心理はこれか」などと思う。
が、それも束の間のこと。道を進むにつれて民家は減り、あたりにはのどかな田園風景が広がる。これからピクニックに行く道にしか見えないこんなところで、本当に手榴弾だのロケット弾だの襲撃だのが行われたんだろうか。紛争の痕跡はきれいに木々の緑で拭われ、悲惨さを示すものは何も...。
いや、あった!
前方に見えてきたのは、鉄条網と物見櫓、深緑のジープ、そして兵士の姿。ここには分離・独立から10年が経った今でも平和維持軍が駐屯しているのだ。やわらかな緑に刺さった鉄の刺。秘密という鉛を飲み込んだ時の気分の重さを再び感じる。

入口の検問所でパスポートを預け、ビジターカードをもらう。

ふと兵士の胸元を見るとスロヴェニアの国旗があった。「ドブロダン」とスロヴェニア語の「こんにちは」を頭の隅から引っ張りだす。兵士はちょっと視線を上げて頷いた。
世界遺産「コソボの中世建造物群」の代表格と言えるデチャニ修道院は、それは素晴らしいものだった。内部を埋め尽くすフレスコ画のなかでも藍の色はおそらくラピスラズリを砕いてつくった顔料を用いているのだろう。退色することなく、今も鮮やかにセルビア正教の世界を伝えてくれる。セルビアが、そして世界がこれを後世に伝えるべき人類文化と判断し、スロヴェニアやイタリアなどから派遣された兵士が、今この瞬間も守っている状況に、大きな感謝が沸く。同時にそうしなければ守ることのできない状況への悲しさも。誰に向けて言うべきかわからなかったが、「ありがとうございます」と深く頭を下げて、この場を後にした。

満ち足りた気分で町へと引き返す途中、ぽつんぽつんとある民家の庭先には赤い実がなっているのを多く見かけた。「石榴だろうか」。石榴は種をたくさん持つことから、日本では子だくさん、キリスト教では教えが広まるとして、装飾のモチーフとして使われることも多い。近寄って見ていると、家の人が来て赤い実をポンと1つくれた。「あー、りんご!」ポン、ポンとさらに2つ積み上げる。「いやいや、こんなにいらない。1つだけで十分」と2つを返し、「ファレミンデリト」と精一杯の感謝の思いを込めて、アルバニア語で「ありがとう」と伝えた。
拙い現地語で「ありがとう」と言うと、たいていはうれしそうな笑顔が返ってくるものだが、この時は違った。固い表情で、くるっと背を向けて庭の奥へと戻っていった。
何か違和感を感じながら、りんごをかじり、町まであとわずかの行程を進む。「もしかしたら、今の人はセルビア系住民なのかもしれない」。わずかではあるが、コソボ国内にはセルビア系住民もいると聞くし、それがこの正教のお膝元、町から少し離れた場所というのも腑に落ちる。あくまでも推測にすぎないが、「ファレミンデリト」ではなく、無難に「サンキュー」と言うべきだったか...。固いりんごの味を噛み締め、言葉の重み、どの言語を使うべきかを考えながら過ごさなければいけないことへの重みが心にのしかかる。
りんごの芯を出発点であるロータリー交差点近くに設置された黄色いゴミ箱に放った後も、胸には小さな鉛のような重みが残った。

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