モロッコ・マラケシュ「ものの値段」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

モロッコ・マラケシュ「ものの値段」

Malta

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。マスク不足が深刻な日本、そしてそれは世界に広がりつつあります。これを機に世界でもマスク姿で歩く人が日常的な風景になるのでしょうか。今回お届けする舞台は、四半世紀前、マスクをすることがはばかられた頃のモロッコです。

マスクで外を歩くのは無理

パリで買った航空券で一路、モロッコへ。モロッコの首都ラバト(カサブランカではない)からバスでマラケシュに着いた時、私の体調は底にあった。旧市街ジャマエルフナ広場の喧噪が頭に響く。

伝統的な水売りの衣装に身を包んだ"商売人"が"フォト、フォト"と連呼し、強引に肩をつかんで写真を撮らせようとする(もちろん有料だ)。子どもたちが"チノ、チノ(フランス語で「中国人」の意)"と後を追って来て、カンフーの型をしてみせる。元気なら、軽くあしらい、あるいは笑って応じてやれるが、今は無理だ。早々に宿を決め、一晩と半日の休養を取ることにした。

ただでさえ、モロッコの町は埃っぽい。バスは窓を閉めていてもサハラの砂が吹き込み、鼻をかめばティッシュに黒い粉塵が付く。加えて、この体調だ。これ以上、悪化させないためにもマスクを付けたい。粉塵をシャットアウトして、少しでもラクになりたい。せっかく来たモロッコを楽しみたいのだ。

だが、しかし...。マスクをすれば、指を差してあざけるような嗤いを上げる人、あからさまに眉をひそめ、すれ違いざまに唾を吐く人、挙げ句に大声で攻撃的な言葉を叫び、非難する人まで現れれば、はずすよりほかにしようがない。

マスクを日常的にする習慣のない他国では、マスクは「私は病気です」という印であり、また「こんな汚い空気を吸えるか」の意志表明(?)ととられることもあり、嫌がられるとは聞いていた。しかし、ここまでとは思わなかった。

トゥアレグ族の青いターバン

マラケシュで何日か過ごして英気を養い、次の町へと向かうべくバスに乗った。途中、休憩所でバスは止まった。買うでもなく、店をひやかしていると、青いターバンが目に付いた。「青衣の民」と呼ばれるベルベル系遊牧民トゥアレグ族のものだ。日を透かして揺れる青い布に惹かれて、近づき手に取っていると、後ろから声をかけられた。

「30ドルでどうだ?」

あまりの高値に即座に却下。手を振って、その場を離れようとするが、"How much? How much?"「いくらなら買う?」としつこい。電卓を振りかざしながら追ってくるので、"ten"とすげなく言う。脈がないとあきらめると思いきや、"twenty-five"と交渉に入ろうとするので、話にならないというポーズを見せて、さっさと店を出た。

バスが出発するまで、まだ少し時間がある。隣のカフェでミントティーを頼むことにした。ミントティーは、モロッコでは"アッツァイ"と言い、酒を飲まない彼らいわく「ベルベル人のスピリッツ」だ。たっぷりのミントの葉とこれまたたっぷりの砂糖とを薬缶で煮出し、くびれたガラス製の器で飲むのがモロッコ流だ。

口の中に残る砂っぽさを洗い流し、やれやれとまだ続く後半のバスの旅路に想いを巡らせていると、先ほどの男が現れた。手には青いターバンを持っている。

"ten、OK."

声をひそめ、私の手に青いターバンを押し付ける。「他の人に値段は言わないで」と言い添えながら。

"お値打ち"の意味

このターバンはその後の旅で、とても重宝した。バスの中では、鼻と口を覆って砂塵除けに、ラクダに乗る時には頭から覆って日差し避けにもなり、帽子と違って飛ぶこともない。「郷に入っては郷に従え」というが、マスクが使えない国では、これがベストの選択だろう。少なくとも、私には10ドルの値打ちがあった。

  

そして、この"値打ち"というのが、実は重要なのだ。値段交渉が必要な国は少なくなく、日本のように何でも定価がある国は世界的には少数派だ。そんな時、「自分だったら、これにいくら払うか」という評価、すなわち"値打ち"が求められる。

「モロッコだったら、だいたい10分の1から始めて、お互いに歩みよって半値になった時に手打ちするのが普通かな」

  

そんな風にしたり顔で言う人もいる。ふんふん、そんなものか。とも思うが、それは"値打ち"ではない。まずは自分がそのものを評価し、値段を決めること。次に最終的にその値段になるように、戦略を練る。時間があれば粘ってじわじわと譲歩したと見せかけることで、目的を達するのもいいし、手間ひまかけたくないのなら、最初から"ラストプライス"を示して、それ以外では買わないと宣言するのでもいい。

旅初心者の頃は、なんだか向こうの言い値で買うのは、舐められそうな気がして、また「日本人はチョロイ」と後進の旅行者に迷惑をかけてはいけない、そんな変な気負いもあって、何としても交渉しなくては、と構えていた時期もあった。もちろん、それもまた"値打ち"ではない。

  

自分が「このくらいの値段なら欲しい」と思ったものを、そのくらいの値段で手に入れたのなら、それが"お値打ち"なのだと、気付いたのはいつからだったろうか。それからは、値段交渉に臨むのも幾分ラクになった気がする。

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