ニジェール「一握の砂のゆくえ」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

ニジェール「一握の砂のゆくえ」

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。新型コロナウイルスのワクチンを巡る動きが活発化する中、今回はニジェールでのワクチンに関連するエピソードを紹介します。

人生で初めての「生ワクチン」

新型コロナウイルスのワクチンを巡る国家間の争奪戦が激化している。国内にとどまることを余儀なくされている今、報道でしか知る術がないのがもどかしい。もっとも、たとえ自由に動けまわれる世の中であっても、世界中をつぶさに見られるわけでもない。

私自身、初めて「生ワクチン」なるものの接種を受けたのはニジェールに行く前のこと。黄熱病の予防ワクチンの接種を証明する、通称「イエローカード」が入国条件となっていたからだ。東京検疫所へ、こわごわと出かけていった時のことを今でもよく覚えている。「生ワクチン」という何やら得体の知れないものを体内に注入されることに抵抗感がないわけではなかったが、それよりも未知の地への興味が勝った。終わってみればどうということなく、問診票に長々と書かれた副作用が出ることもなかった。

ワクチンの名前の由来は、世界初のワクチンである天然痘ワクチンが雌牛(ラテン語で雌牛を指すVaccaから派生)から取られたからだというが、最初にそれを体内に入れられた人の恐怖はいかほどだったろう。しかも最初の被験者は8歳の少年だったというのだから!

現代の「アリババと40人の盗賊」

ニジェールでは数日、首都のニアメに滞在した。その間は私の友人の友人で、青年海外協力隊の一員として現地で働く女性にお世話になった。彼女はいわゆるコンピュータ隊員で、PCスキルを活用して、ニジェールの戸籍データベースの整備を指導していたと記憶している。政府から供与された住宅は、首都のマンションで現地の生活水準からすればかなり上位のレベルと言えるだろう。

昼間歩き回ったせいで疲れ、部屋で休んでいたところ、「ブー」とブザー音が鳴った。玄関口へ向かった彼女は、訪問者である女性と二言三言交わすとドアを閉め、戻ってきた。

「何だったの?」と聞くと、「小児ポリオのワクチン接種のための訪問員」だと言う。経口摂取タイプのワクチンで、小児ポリオは劇的に押さえられたと承知していたが、ここニジェールでは今もまだワクチン接種が必要な状態らしい。訪問員が各戸を直接訪れ、接種対象となる子どもの数を確認していくのだという。つまりは事前調査というわけか。そう納得したが、いちいち訪問とは大変だ。不在の場合もあるだろう。

「この国では他に方法がない」と彼女。

「調査した結果は、ほら、こうしてドアにチョークで書くんだよ」

見ると、ドアには白いチョークで×印が付けられていた。まるで『アリババと40人の盗賊』だ。誰かがいたずらで消したら、あるいはアリババの物語に登場する機転のきく女のように、勝手に書いて回ったとしたら...。

「マラリアで、何かの病気で、誰かが死んで、そんなの日常のこの国で、データベースをつくることの意味がどれだけあるのかと思うよ」

彼女が、ぼそっと言った。

その言葉は今も忘れられない。

「最近、あいつ見ないね」「あー、死んだんじゃない」

そんな会話が冗談ではない世界で、いかにデータベースをつくろうと、まさに一握の砂。指の間に間にこぼれていく砂粒を呆然と見つめる。そんな想いがよぎる。石川啄木は「一握の砂」に、人間ははかない存在だからこそ、今この瞬間を大切に生きようというメッセージを込めていたようだ。だから使い方は違うのかもしれない。しかし、こぼれ落ちる砂粒を前に、私はただ呆然とするしかなかった。

今、この時もワクチンが届かず、指の間からこぼれる砂粒がある。「ワクチン争奪戦」のニュースに接するたび、あの時の心象風景が蘇り、苛まれる。

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