キューバ・ハバナ「Hey,ウィリアム」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

キューバ・ハバナ「Hey,ウィリアム」

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回の舞台は、キューバの首都ハバナで"飛び込み"で泊まった「カルメン&ウィリアム」の夫婦が営む小さな宿。まさにアットホームな歓待で、2人とのやり取りはメンタームの香りとともに今も鮮明です。

絶対君主のカルメンと従順なウィリアム

ハバナで、予約なしの"飛び込み"で泊まったのは「カルメン&ウィリアム」の宿。カルメンはひと時もじっとしていない、くるくると動き回る働き者。片やウィリアムはソファーにどっかりと足を組んで座り、動きは最小限という省エネ派だ。体型も小柄でスレンダー、ぷりっとしたお尻がキュートなカルメンに対し、ウィリアムは大きなお腹を抱え、上背もあるという対極的な2人。その力関係はカルメンの方が上のようだ。

私が「ビニャーレス渓谷に行きたい」と言うと、「じゃあ車(乗り合いタクシー)を予約するわ。ビニャーレスはいいところよ。マリアのところに泊まるといいわ。マリアは料理の名人なの」とカルメン。

「ウィリアム、タクシーに電話して。明日、何時の出発?」

車の手配が終わると、間髪入れずに次の指令が飛ぶ。

「ウィリアム、マリアに電話して。明日から2泊でよかったかしら?」

ウィリアムは緩慢な動きサイドテーブルの上にある電話を手元に引き寄せ、カルメンが言う番号を回し、つながると受話器をカルメンに渡す。

「あー、マリア」

そこからしばらくはスペイン語での会話が続き、ひとしきり話し終えると「チャオ」と朗らかに挨拶して、受話器をウィリアムに返す。ウィリアムは心得た様子で、その受話器をカチンと置き、電話を元の位置に戻すのだった。

カルメンのリモコン操作術

私の時計の金具が外れた時には、「ウィリアム、見てあげて」。ウィリアムが手間取っていると、「かして」と業を煮やしたカルメンが奪い取り、カチャカチャと金具を嵌めようとするが、なかなかうまくいかない。自分の手に負えそうにないとみてとるや、カルメンが一言。「ウィリアム、修理できる場所を探してあげて」。

私が足を挫いた時には、「ウィリアム、メンタームの薬を持ってきてあげて」。

私が明日は日本に帰るという日、「カルメンが淹れてくれるコーヒーが美味しいから、同じ豆を買って帰りたいんだけど、どこで売っているのか教えて」と頼むと、カルメンは嬉しそうに「ウィリアム、彼女を案内してあげて」「私はこれから掃除だけど、ウィリアムはヒマだから大丈夫」。

ウィリアムは「やれやれ」と言いたげな顔で重たい腰を上げる。まるでカルメンの遠隔操作で動くロボットのように。

白い花とメンタームの香り

コーヒーを買ってウィリアムと別れた後、いかにも老舗な感じの香水店に入り、これまたキューバの思い出にと、香水を1つ買った。宿に帰ると、さっそくカルメンに戦果を報告。「いい香りでしょ。キューバの海岸に咲く花の香り。これを嗅ぐ度にキューバを思い出すよ」「いいわね。思い出してまた来て」。そして「そうそう、今晩は一緒に夕飯を食べましょう」と誘ってくれた。

部屋に戻り、明日の出発に備えて荷物を整理していると、「夕食よ」と階下からカルメンの声。借りていたメンタームの薬を持って降り、「これ、ありがとう」と返そうとすると「いいわよ、日本に持っていって」。「日本でこの香りを嗅いだら、ウィリアムを思い出して」と茶目っ気たっぷりに言うカルメンは本当にキュートだ。見れば、横に控えるウィリアムも頷きながら笑っている。

カルメンが遠隔操作しているように見えて、実はウィリアムが"一番おいしいポジション"にいるのかもしれない。日がな一日、ソファーでだらだらと過ごし、友だちとおしゃべりをして、カルメンに言いつけられたことを「はいはい」とこなし、「あいつはおっかないからな」と周囲にこぼす。でも心の底では「働き者の女房をもらって、俺は本当に幸せ者だよ」と思っているに違いない(と信じたい)。

翌朝、まだ夜も明けない暗い中、カルメンは起きて待っていて、私の好きなコーヒーを淹れてくれた。そして「空港で食べて」とサンドウィッチとバナナの朝食まで持たせてくれた。私がおずおずと「昨日、ハガキを投函した時に、1枚出し忘れていたみたいで...」とハガキを取り出すと、カルメンは「大丈夫、ウィリアムが行くわ」。何事もないように受け取り、私を送り出した。

「ウィリアム、これ出してきて」。そう言われ、ハガキを手に、のそのそと家を出るウィリアムの姿が目に浮かび、空港へと向かう車の中、思わず笑みがこぼれた。

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