イエメン・サナア「砂糖菓子の街の邂逅」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

イエメン・サナア「砂糖菓子の街の邂逅」

★未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回は、ラマダン(断食月)中のイエメン、首都サナアでの邂逅をお届けします。

砂糖菓子の不思議の国

イエメンの首都サナアの旧市街は、さながら砂糖菓子のようだ。石と日干しレンガを積み上げた搭状の建物。その窓枠や上下階のつなぎ目には塗られた白い漆喰は、まるでアイシングのよう。窓に嵌められたカラフルなステンドグラスは、まるで飴を溶かしたかのようだ。巨大なデコレーションケーキに迷い込んだような、あるいは小人になってデコレーションケーキの上を歩いているような、「不思議の国のアリス」気分を味わう。

不思議の国に住む女性たちは頭から黒い布を被っていて、目すら出してはいない。布越しでよく前が見えるものだ。男性はアラブエリアで定番の白シャツのワンピース(イエメンでは「ソウプ」と呼ばれる)が多いが、よれよれのTシャツに腰巻きのような一枚布を巻いている人もいる。腰帯に「J」の字型の剣を差しているのも特徴的だ。男の"誇り"であり、代々受け継ぐものだと聞くが、その大切なはずの剣をフックに買い物のビニール袋を吊るして歩く人もいて、平和な空気が漂う。

物珍しげにキョロキョロとしていると、男が私に話しかけてきた。私の持つカメラを指差すので、「無断で写真を撮るな」と怒っているのかと一瞬びびったが、どうやらその逆で「俺の写真を撮れ」ということらしい。男は息子の肩に手を置き、ポーズを決める。ローティーンと思われる息子も生意気に腰帯に「J」を付けている。

カシャ。

「シュクラン(アラビア語のありがとう)」。そう言ったのは、ほぼ強制的に写真を撮らされた私の方で、男は鷹揚に頷き、息子を連れて去っていった。

ビニール袋の宴会

今日は、イエメンで過ごす最後の日だ。お土産に、布を買って帰ろう。そう思って、とある店を訪れた。2階に通され、女性のアバヤ(頭から被る布)や、男性の腰布を物色する。と、アザーン(イスラム教のお祈り)が聞こえてきた。ラマダン(断食月)の今、日没のアザーンは大きな意味を持つ。日の出から何一つ食べていない彼らが、ようやく食事にありつける合図なのだ。

「これから夕食でしょ。1時間後くらいにまた来るよ」

そう言うと、店員の男は「夕食は食べたか?」と拙い英語で聞いてきた。そして一緒に食べようと、身振りで促す。

1階に下りると、すでに店の中は宴会場になっていた。ビニール袋にたっぷりと入ったナン、ビニール袋に直接入れられたおくらの煮物や、カレー味の豆料理、ナスカレーのようなもの...。近隣の店の男たちが集い、次々と皿ならぬビニール袋を広げていく。言葉も通じないのに、快く異邦人である私を受け入れ、宴会はクレッシェンドへ。私は明日の朝早くに空港に行かなければいけないからと、1時間ほどで失礼したが、宴会はまだまだ続きそうだ。

後で知ったことだが、ムスリム(イスラム教徒)にとって、ラマダンは単に飲食を絶つだけではない。戦いをやめ、人々が交流し、絆を深める期間でもある。友や親類を訪ねるのもよい、旧交を温めるのはなおよい、なかでも一番よいのは知らない人を迎え入れることだ。そんなムハンマドの教えに則り、彼らはラマダンの期間、友はもちろん、通りすがりの人をも招き入れ、ムスリム共同体としての連帯感を高めていくのだ。

ラマダン中の旅は決してよいことばかりではないが、連帯や交流を礎とするムスリムの本質を垣間みるよい機会でもある。

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