ヨルダン「死海のくらげ」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

ヨルダン「死海のくらげ」

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。東側にヨルダン、西側にイスラエルと接する死海は、近年、観光開発が進んでいるようですが、私が訪れたのは四半世紀前のこと。まだ開発途上だった頃の死海でのワンシーンをお届けします。

マシュマロ気分が味わえる圧倒的な浮力

「死海で泳げるところに連れていってほしい」

かろうじて英語が通じる現地のタクシードライバーに依頼し、連れて行ってもらったのは、なんとものどかな"田舎の海水浴場"だった。

ぷかぷかと波間に漂っているのは10人に満たない程度で、これが本当に世に名高い死海かと目を疑いたくなる。が、実際に浸かって、すーっと腕を前に伸ばして、足を地から離してみれば、そこはまごうかたなき死海。圧倒的な浮力だ。"ココアに浮かべたマシュマロ"のように、体の過半が水上にあるのではないかと思うほどだ。

ぐるんと仰向けに体勢を変え、水に押し込むようにお腹を凹ますと、足が上がり"くの字"になったまま浮かんでいた。ありえない体勢に笑がこみ上げてくる。どうやら解析能力のキャパを超えた事態には、思考が停止する仕組みらしい。「もうわけわかんなーい」というヤツだ。

死海に出没する"くらげ"

足を水面から突き上げた体勢のまま、腕で水を掻いてゆるやかに漂っていると、少年が近づいてくるのが見えた。

近くに住んでいるのか、それとも遠出して遊びにきたのだろうか。年の頃は15〜16歳といったところか、3人組でわいわいと水をかけあって遊んでいた。その3人組のうちの1人が、浮き輪に乗って近づいてくる。

「あっ」

少年の腕が私の腕にほんの少し触れると、彼は慌てたように小さく声を発し、離れていった。いかにも「うっかりぶつかっちゃった、ごめんなさい」というように。

「いやいや、しっかり手で水を掻いてたし。方向も距離もコントロールしてたでしょ!どう見てもわざとだよね」

そんな反論の隙も与えない、見事な撤退ぶりだ。

ちなみに、ほかに泳いでいるのは欧米系のカップルが1組だけ。波打ち際には黒ずくめの女性が椅子に座って足だけを水に浸している。おそらく治療の一環なのだろう。

ムスリムの女性が(子どもはともかく)、男性がいる場で水着になることはあり得ない。彼らにとって"腕タッチ"は相当な冒険心なのか、肝試しなのか。仲間のもとに戻り、3人で盛り上がっている様子を見ると、「まあ、この程度でかわいいもんね」とも思うし、波打ち際で椅子に座る淑女を見ると、「ここはもっと怒っておかないと、非ムスリム女性の沽券に関わるのでは」と思ったりもする。まあ今さらだが...。

DEAD SEAとのギャップ

その後、死海の泥パックを体験。といっても単にゴザで四方を囲んだ場所で体に泥を塗り、しばらくしてから海で洗い流すというだけのもの。"スパ"的な要素は一切なし、基本セルフサービスだ。水着で浜にいるのも目立つのに、泥を塗った体を晒すのはなんだかしのびなく、早々に海に入ってしまった。

死海の泥石鹸とか、死海のバスソルトとか、死海の泥や塩を使っていると喧伝する商品は、日本でも多く目にする。DEAD SEAのオシャレなロゴや、セレブ感あふれるパッケージ。私が見たあの素朴な"混浴のワニ"ならぬ"くらげ"が現れる死海とはかけ離れすぎていて、どうしても結びつけることができない。そんなに各国で商品化していたら、すぐに干上がってしまうのではないか。そんな危惧すら覚える。

ヨルダンでもイスラエルでも死海地域のリゾート開発が急速に進んでいるとは聞くが、私の中の死海のイメージは今も、地熱に焼かれ、波間に浮かぶひと時の高揚感を楽しむ"田舎の海水浴場"だ。

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